4. 教団の絶対視

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今回は、前回の③曼荼羅本尊の差別に引き続き、④教団の絶対視というテーマで日蓮正宗創価学会の共通点を見ていきたいと思います。

 

日蓮正宗創価学会は「破和合僧」の罪を強調し、これを犯すものは謗法(正法を謗ること)の罪を犯す者であり、無間地獄に落ちると主張しています(「和合僧」とは「僧団」や「教団」という意味で、「破和合僧」はそれらの和を乱すことを言います)。

しかし、日蓮本人には「破和合僧」を特別な重罪と考える思想はありません。そもそも、「破和合僧」は「五逆罪」の一つであって、「謗法」ではありません日蓮が無間地獄に落ちる罪として積極的に禁じたのは「謗法」のみです。

信頼できる日蓮の著作の中で「破和合僧」のワードが見られるのは、顕謗法抄(真筆曽存)と富木殿御書(真筆現存)のわずか2つのみです。前者の顕謗法抄では、「今の世に(中略)和合僧なければ破和合僧なし(御書p447)」と述べ、「現在に和合僧なんて存在しないのだから破和合僧の罪は犯しようがない」と主張しています。また、後者の富木殿御書では「和合僧を破壊し及び諸の善根を断ずると雖も念を正法に繫ぐるを以て能く彼の処を解脱せん(御書p969)」と延べ、「和合僧を破壊しても正しい法を保てば成仏できる」と主張しています。

以上のことから、日蓮自身は「破和合僧」をそれほど重大な罪と考えていなかった(正しい法を保つことの方が遥かに重大だと考えていた)ことが分かります。そもそも、「五逆罪」はインドにおける上座部仏教の頃に形成された考え方であって、日蓮思想との関連は非常に薄いです。

また、日蓮正宗創価学会では「三宝(仏・法・僧)」を重視しますが、日蓮が重視したのは飽くまで「妙法蓮華経」の「一宝」です。むしろ、日蓮自身は本尊問答抄で「教法の邪正をば知らずただ三宝をばあがむべき事とばかり思ふゆへ(中略)此の国すでにほろびなんとす(御書p373)」と延べ、「僧侶や為政者が教えの正邪をわきまえずに三法を崇めているから国が滅びかけている」と主張しています。「三宝」も「五逆罪」と同じく上座部仏教の頃に形成された考え方であり、日蓮思想における重要な要素ではないと言えます。

以上のことから、日蓮正宗創価学会日蓮思想の範囲を大きく超えて「僧団・教団」を重視(絶対視とも言えるほどに)していることが分かります。日蓮が主張したのは、飽くまで個人による正法の護持であり、「僧団・教団」を護持することではありません。

特に、創価学会は教団そのものが「仏」であるとする創価学会仏」の教義を2016年に発表しました。先日の世界青年部総会でも、原田会長は「創価学会という広宣流布の和合僧を破壊しようとする悪知識に対しては、断固として戦う。極悪の根を絶つまで、 責めて、責めて、責め抜く」と指導し、創価学会に反対する者に対して厳しく望むことを会員に求めました。池田氏のカリスマを失った創価学会は、現在、組織への求心力を強めることに注力しており、その閉鎖性とカルト性が今後さらに高まることが予想されます。

 

次回は、⑤中心道場の規定というテーマで、日蓮正宗創価学会の共通点を考えたいと思います。

 

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